意外な関係

  • create 2024/1/20 
  • update 1か月前

先日、三国志手ぬぐいの新作「陸遜」を発売いたしました。
手ぬぐいを作る際には、この人物はどんな人かと調べ、頭を目いっぱいひねることになります。三国志呉書や三国志演義に目を通し、wikipediaなども眺めていましたら、ふと目が留まった内容がありました。

陸遜 – wikipedia

リンク下のあたりに、日本の2代目綏靖(すいぜい)天皇の「綏靖」とは、なんと由来が
陸遜が丞相になった時に下された詔の一部らしいのです。
んー。しかし何かひっかかります。

この不可思議さの原因は年代にありました。
陸遜と綏靖天皇(2代目)は年代が、かぶりもしていません。

日本の元号のように古いものからひっぱって新しい対象に贈ることは理解できるのですが、
綏靖天皇は紀元前ですから、200年代の新しい諡号を古い対象に贈るのはどういうこと?となりました。
もう少し調べてみますと、どうやら奈良時代になって天皇の漢風諡号が決められたそうで、その時に、はじめて以前の代々の天皇に漢風の諡号が贈られたらしいのです。
つまり奈良より前の天皇の諡号は奈良時代産まれということになるわけですね。

この方が「神武」天皇から「持統」天皇までの「諡号」を考えたそうです。
淡海三船
淡海三船 – wikipedia

これおよそ1200年以上前ですが、奈良時代の貴人?は、三国志の原文をながめていたことになりますよね!
魏志倭人伝は、もちろん古い日本の歴史の一つではありますが、同じように、天皇の諡号にも三国志と(奈良時代の)日本のつながりが見えるとは衝撃です。
奈良の高貴な人も正史三国志読んだのでしょうか。ロマンを感じます。そして私のように司馬一族の動向がつかみづらいとか、省かないでちゃんと魏書に入れておいてくれよなどと、ぶつぶつ言っていたら面白いです。

呉服も、「呉」服というくらいですからルーツは呉の服ということもありますし、
日本に三国志の影響が見える。陸遜と天皇の意外な関係、歴史があって今があることの証左だと感じました。

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